「人生の最後に残るもの――救命救急の現場で出会った、ある夫婦の『ありがとう』」

こんにちは、トッキーパパです。

私は長年、救命救急の現場で勤務し、多くの患者さんの命を救うことに向き合ってきました。

しかし、命を救おうと懸命になればなるほど、どうしても救うことのできない命にも数多く立ち会ってきました。

人の死は、辛く、悲しいものです。

私自身も長い間、そう受け止めていました。

ところが、ある患者さんとご主人との出会いをきっかけに、私の「死」に対する考え方は大きく変わりました。

今回は、救命救急の現場で経験した、今でも心に残っている出来事についてお話ししたいと思います。

救急車から入った一本の受け入れ要請

ある日の昼間、救急隊から救急患者の受け入れ要請が入りました。

「高齢の女性。意識がなく、呼吸と脈拍が非常に弱い状態」

その連絡を受け、私たちはすぐに受け入れの準備を始めました。

患者さんは80歳代の女性で、ご主人も救急車に同乗して病院へ向かっているとのことでした。

やがて救急車が到着しました。

しかし、病院へ到着した時には、患者さんはすでに心肺停止の状態でした。

救急隊による心肺蘇生が続けられており、私たちも直ちに人工呼吸や胸骨圧迫などの蘇生処置を引き継ぎました。

なんとか心臓が再び動いてほしい。

その一心で蘇生を続けました。

しかし、30分以上にわたって処置を続けても、残念ながら心拍が戻ることはありませんでした。

医師の判断により、ご主人の立ち会いのもとで死亡確認を行うことになりました。

ご主人の「はい」という小さな返事

ご主人も高齢でした。

私は歩行を介助しながら、奥様が横たわっている処置室へご案内しました。

医師から、これまでの経過について説明がありました。

心肺停止の状態で搬送されたこと。

病院でも懸命に蘇生処置を続けたこと。

しかし、残念ながら反応がみられなかったこと。

そして、これから死亡確認を行うこと。

ご主人は、その説明を静かに聞いていました。

そして、小さくうなずきながら、

「はい」

と一言だけ答えました。

その後、医師によって死亡が確認されました。 私はその場に立ちながら、ご主人の様子を見守っていました。

「今まで本当にありがとう」

すると、ご主人はゆっくりと奥様の顔元へ近づきました。

そして、

「今まで本当にありがとう」

そう言って、亡くなった奥様の頬にそっとキスをしたのです

その瞬間、私は何とも言えない気持ちになりました。

もちろん、悲しい気持ちはありました。

しかし、それまで人の死に立ち会った時に感じていた悲しさや辛さとは、少し違っていました。

胸の奥に、何か暖かいものが広がっていくような感覚でした。

きっとこのご夫婦には、私には知ることのできない長い人生があったのでしょう。

楽しいこともあったでしょう。

辛いこともあったでしょう。

時には意見が合わず、喧嘩をしたこともあったかもしれません。

それでも長い年月を共に歩き続け、人生の最後にご主人から出てきた言葉が、

「今まで本当にありがとう」だったのです。

その一言と、そっと頬に触れたキスから、二人が共に歩んできた年月と、深い愛情を感じたような気がしました。

死は「生きてきた意味」が表れる瞬間なのかもしれない

私はその時、初めてこんなことを考えました。

「死は、決して悲しみや辛さだけではないのではないか」

そして、もう一つ。

「死は、単に生きることが終わる瞬間ではなく、その人がどのように生きてきたのかが表れる瞬間なのではないか」

そう思ったのです。

人はいずれ、肉体としての命を終える時が来ます。

しかし、その人が誰かに与えた優しさや愛情、その人との思い出、その人が残した言葉まで、すべてが消えてしまうわけではありません。

誰かの心の中に残り続けることで、その人は違った形で生き続けていくのかもしれません。

あの日、ご主人が奥様に伝えた「ありがとう」という言葉を聞きながら、私はそんなことを考えていました。

この出来事が私の死生観を変えた

この経験をしてから、私の死に対する考え方は少しずつ変わっていきました。

「死は、ただ怖いものではない」

そう思えるようになりました。

もちろん、死ぬことへの不安がまったくなくなったわけではありません。

大切な人との別れが悲しくなくなったわけでもありません。

それでも、

「どのように死ぬのかを考えることは、どのように生きるのかを考えることでもある」

と思うようになったのです。

自分が人生の最後を迎えた時、自分の生きてきた意味はどのように表れるのだろう。

そう考えると、やはり大切なのは「今」なのだと思います。

今、一緒にいる人を大切にすること。

出会った人たちに感謝すること。

伝えられる時に「ありがとう」と伝えること。

そして、何より、長い人生を共に歩んでくれている妻との時間を大切にすること。

救命救急の現場で出会ったあのご夫婦は、そんな当たり前のようで忘れがちなことを、私に教えてくれました。

自分の人生の最後に、何を残せるだろう

あの出来事から、何年もの月日が流れました。

今回、このブログを書きながら、私はあらためて自分自身に問いかけています。

もし、いつか自分が人生の最後を迎える時が来たら。

私は、自分が生きてきた意味をどのように表すことができるのだろう。

家族や、これまで出会ってきた人たちの心に、私は何を残すことができるのだろう。

そして、大切な人から、

「一緒に過ごせてよかった」

そう思ってもらえる人生を送れているだろうか。

答えは、まだ分かりません。

だからこそ、人生の最後に答えを出すのではなく、今日という一日の中で少しずつ答えをつくっていくのだと思います。

「今」を大切に生きること。

そして、大切な人に感謝を伝えること。

あの日、ご主人が奥様に伝えた、

「今まで本当にありがとう」

という言葉を、私はこれからも忘れることはないでしょう。