「患者さんのため」という正論の死角。ある学生の「耳栓」が教えてくれたこと

こんにちは、トッキーパパです。

看護職の皆さんは、学生時代からずっと「相手の立場に立って考えなさい」と教えられてきたと思います。

臨床の現場でも、私たちは日々、患者さんやご家族の立場に立って物事を考えながらケアをしています。

その姿勢は、看護の根幹ともいえる大切なものです。

しかしある日、私は学校での出来事を通して、「相手の立場に立つこと」には、もう一つ大切な視点があるということを強く実感しました。

教員会議で話し合われた、ある学生の実習対応

それは、看護学校で教員として勤務していた頃のことです。

教員会議の中で、臨地実習に向かう学生への対応について話し合いが行われました。

ある教員(A教員)から、B学生について「実習での対応を統一したい」という意見が出ました。

B学生の特性──緊張すると“音が大きく聞こえてしまう”

A教員の話によると、B学生は普段は問題ないものの、緊張したり集中したりすると、聴覚が過敏になり、周囲の音が必要以上に大きく聞こえてしまうとのことでした。

その結果、

・重要な説明が聞き取りにくくなる
・集中が切れて処置がうまくできなくなる
といった困難が生じてしまうそうです。

B学生本人からは、対策として、「耳栓を使用させてほしい」という申し出がありました。

「耳栓は患者さんの不安につながる」A教員の意見

A教員はこう話しました。

「耳栓をしたまま実習をするのは、患者さんやご家族に不安や不信感を与える。だから耳栓はさせずに実習に行かせたい。」

確かに、その通りです。 私もその意見を聞いた瞬間、「なるほどな」と思いました。患者さんやご家族が、耳栓をした学生を見たらどう思うでしょう?

「私の話、聞こえてるのかな?」
「無視されているんじゃないか?」

と不安になり、学生への不信感から実習を断られてしまうリスクさえあります。

A先生の主張は、看護教育者として、そして臨床家として、非常にまっとうな「正論」でした。

でも、私は「学生の立場」も想像してみた

しかし同時に、私はB学生の立場も想像しました。

B学生にとって耳栓は、「音を遮断するため」ではなく、「必要な音を聞き取るため」の工夫だったのではないか。

そう考えたとき、ふとこう思いました。

耳栓は、視力が低下した人にとっての眼鏡や、聴力が低下した人にとっての補聴器と同じではないか。 つまり耳栓は、B学生にとって、“能力を補うための道具”だったのではないかと

私が会議で伝えたこと

私は会議で、教員たちに自分の考えを伝えました。

「確かに患者さんやご家族の立場から考えると、耳栓をしている学生に不安や不信感を抱くかもしれません。」

「でも学生の立場から考えると、耳栓は“聞きやすくするための補正”です。眼鏡や補聴器と同じではないでしょうか。」

眼鏡を外して実習しなさい、補聴器を外して実習しなさい、と言っているのと同じことになってしまいませんか。」

「禁止するのではなく、Bさんの特性と耳栓の必要性を、患者さんやご家族にしっかりと説明し、納得してもらうプロセスこそが大切なのではないでしょうか」

教員の涙──「私は学生の立場に立てていなかった」

するとA教員は涙ぐみながらこう言いました。

「そうですよね…。私はなんてひどいことをB学生に言おうとしていたのでしょう。」

「私は学生の立場になれていませんでした。本当に申し訳ないです。」

この教員は、感性が高く想像力のある方でした。

だからこそ、私の言葉を受けた瞬間に、すぐに視点を変え、B学生の立場に立って考えることができたのだと思います。

この気づきにより、B学生への対応は「禁止」から「環境調整と説明」へと大きく変化しました。

正論は正しい。でも、正論だけでは救えないことがある

看護職にとって、患者さんやご家族の立場に立って考えることは最優先であり、非常に重要なことです。だからこそ、私たちはこの正論に囚われすぎて、他の大切な視点を見落としてしまうことがあります。

看護管理者にも同じことが言える

この話は、教育現場だけでなく、看護管理の現場にも通じることだと思います。

「患者さんのために」という正論を振りかざして、スタッフに無理を強いていませんか? もちろん、患者さんやご家族の立場に立ってスタッフを指導することは重要です。しかし、それと同じくらい、**「スタッフの立場に立って考える」**ことも忘れてはいけません。

看護管理者にとっての顧客は、患者さんやご家族だけではありません。
現場で働くスタッフもまた、大切な顧客です。

働きやすい職場とは「立場を行き来できるチーム」かもしれない

働きやすい職場とは、制度や仕組みだけで生まれるものではないのかもしれません。

それはきっと、いろいろな人の立場を想像し続けられるチームがある職場なのだと思います。

患者さんの立場、家族の立場、学生の立場、スタッフの立場。

どれか一つだけを優先するのではなく、「視点を行き来しながら考え続ける力」こそが、看護の現場を支えるのではないでしょうか。