「わかりません」で思考停止してない?看護学生のうちに手に入れたい、一生モノの武器

こんにちは、トッキーパパです。

私は現在、看護学校で非常勤講師として授業を担当しています。

未来の看護師である皆さんと向き合う中で、少し気になっていることがあります。それは、授業中に質問をすると、すぐに**「わかりません」**と答えてしまう学生さんが増えているのではないか、ということです。

自ら手を挙げて意見を言ったり、講師に質問したりする姿も、以前より少なくなっているように感じます。

今回は、そんな「つい口に出てしまう『わかりません』の正体」について、私なりの考えをお話しします。

なぜ、手を挙げるのが「怖い」と感じるのか?

ある日、いつも積極的に発言してくれる社会人経験のある学生さんに、こんな質問をしてみました。 「クラスのみんなが、あまり意見を言わないのはどうしてだと思う?」

その答えは、とてもリアルなものでした。

「間違ったことを言って、嫌な思いをしたくないんだと思います。それに、自分が言わなくても誰かが答えてくれるだろう、という気持ちもあるのかもしれません」

この言葉を聞いて、私は**「言葉に負の感情がくっついている」**のだと感じました。

・間違い=失敗
・失敗=ダメなこと、恥ずかしい、笑われる

そんな「負の感情」がブレーキになり、手を挙げるという行動を止めてしまっているのではないでしょうか。

でも、少し立ち止まって考えてみてください。皆さんはプロとして働いているのではなく、看護を「学んでいる」最中です。**最初は分からなくて当たり前。**そのために高い授業料を払っているのです。

大切なのは「正解を出すこと」ではなく、**「分からないことを前提に、どう理解を深めていくか」**というプロセスそのものです。

「わかりません」は、脳を楽にするための「逃げ道」?

質問されてすぐに「わかりません」と言ってしまう背景にも、同じような負の感情が隠れている気がします。

実は、脳が答えを探そうとしているとき、脳内はフル回転しています。 「どうしよう、何か答えなきゃ、考えなきゃ……!」 この状態は、脳にとって非常に大きなストレスです。

そこで「わかりません」と口に出すと、そのストレスから一気に解放され、楽になれます。しかし、ここに大きな落とし穴があります。

「わかりません」=「考えるのをあきらめた」という合図。

その瞬間、脳は「思考停止」の状態に入ります。一時のストレスからは逃げられますが、そこから新しい発見や成長が生まれることはありません。非常にもったいないことなのです。

看護の世界は「正解のない問い」の連続

看護学生の皆さん、そして若手看護師の皆さん。 皆さんが目指す看護の現場には、「唯一の正解」がすぐに見つからない場面が無数にあります。

・この患者さんの不安を取り除くには、どう声を掛けるべきか?
・急変が起きたとき、何を優先して判断すべきか?

正解が分からない中でも、考え続け、最善を尽くさなければならないのが看護職の難しさであり、やりがいです。

だからこそ、学生のうちから**「考え続ける習慣(クセ)」**を身につけてほしいのです。

最後に:考えることを、あきらめないで

「わかりません」と口にする前に、あと3秒だけ考えてみる。 間違ってもいいから、「自分はこう思う」と言葉にしてみる。

その小さな積み重ねが、あなたの知識と理解の幅を、驚くほど広げてくれます。 どうか、考えることをあきらめないでください。その「考え続ける力」こそが、将来あなたと患者さんを助ける最強の武器になります。